残業の多い日本企業で働いているときには重視されず、残業の少ない海外企業で働くようになって頻繁に議論するようになったもの。それは「優先順位」です。特に、何をやらないかの判断が働き方を大きく左右します。
限られた時間で高い成果を上げる方法を考えるのが頭の使いどころ
日本の労働環境では、仕事は終わるまで続けるという意識が強いと思います。しかし、海外では必ずしも当たり前ではなく、仕事が完了していなくても退勤してしまったり、約束の期日に仕事を終えなかったりする問題が頻繁に起こります。限られた労働時間は所与のものであり、そのルールの中で如何に成果を残すかが、頭の使いどころです。日本ほど体力を消耗しないものの、知恵を使って効率的に仕事を進める必要があります。
私が海外の企業で働くようになり、よく会話に上るようになったのが、仕事の「優先順位」です。週に40時間しか働かず、終わらなかった仕事を残業でカバーできないのであれば、その時々で最も重要な仕事から取り掛かる必要があります。限られた時間を如何に有効に使うかが、仕事の生産性を左右します。
部下に仕事を振るときにも、必ず優先順位を明らかにしなければなりません。優先順位が明確でないと、個人の判断で勝手に仕事を進めたり、何から始めたらよいか分からないと怒られてしまったりします。
重要度と緊急度に2軸でタスクを分類し、やらないことを明確にする
優先順位を決めるには一般的に、重要度と緊急度の2軸で仕事を分類するフレームワークが使われます。お客様に提案書を送るような「重要度も緊急度も高い」仕事は最優先でとりかかります。「重要度は高いけれども緊急度は低い」例えば、人材育成のような仕事は、時間をやりくりして進めていきます。
トイレの紙が切れているとか、オフィスの電球がないといった「重要度は低いけれども緊急度は高いもの」は、部下に委譲したり、外注したりして、仕事の効率を上げます。さらに「重要度も緊急度も低いもの」は、様子をみて、やらなくて済むならやらないという判断をしていきます。
私が働いていた日本のIT業界ではこのような優先順位の議論をするケースは、ほとんどありませんでした。一か月後までに提出するべき仕事が定義されたら、全て完遂するのが当然です。やらなくて済むならやらないという判断をした経験はありません。
日本では一度口にした約束を変更するのに抵抗を感じる人が多いように思っています。計画した際には実行するべきだと合意したタスクでも、ビジネス環境が変わっていく中で、やらなくてもよいと判断する場合もあって然るべきです。労働環境を改善するには、やるべきことと、やらなくてもよいことを柔軟に検討する態度が求められています。
米デルの創業者マイケル・デルは「『すること』それを決めることは簡単である。難しいのは『しないこと』を決めることだ。」と述べたとされます。時間管理・権限委譲には「しないこと」を決めるのが重要です。
頭を使うのはエネルギーを要するので、知恵を絞って仕事を最適化するよりも、思考停止して長時間労働する方が楽だと考えてしまう人もいるものです。特に、何かを「やらない」と決めるのは、上司や取引先に迷惑をかける可能性があるので、勇気のいる判断です。個人や管理職を務める人が、短期的な締め切り厳守よりも、長期的な生産性・成果を重視するよう考え方を改めなければなりません。
業務量が同じでも、仕事の平準化・最適化によって働き方が大きく変わる
オンライン生放送学習サービスSchoo(スクー)で「ここが変だよ、日本人の働き方 ー海外から見た日本から考えるこれからの働き方ー」の講義を行った際、残業が少ない海外企業では、そもそも業務量が少ないのではないかと質問を受けました。私の抱いているイメージでは、それぞれ業務量は同様であり、やることとやらないことの判断が異なるだけではないかと考えています。
日本では仕事は終わるまでやる、一度やると言ったら期日を死守するという規範を当然としています。この勤務態度が様々な業界で高い品質の仕事を生み出してきた側面もあるでしょう。しかし、残業が常態化してしまうのも、この考え方に原因があるかもしれません。
一方で、海外の企業の場合、今やるべきこと、後でやれば良い仕事、様子を見てやらなくて済むタスクといった分類を柔軟に判断している印象です。後回しにした仕事は手が空いたときに進めればよいので、無理して残業する必要がありません。重要度・緊急度のフレームワークに当てはめて、仕事の成果に直結しないものは、やらなくてもよいのです。
残業せずに仕事を後回しにしていたら仕事が期日までに終わらないのではないかという懸念を抱く人も多いかもしれません。実際、海外にいると期日が守られない仕事はたくさん目にするので、完璧主義の人には耐えがたい光景と言えるでしょう。それでも、ほとんどの仕事は数日遅れたからといって致命的な状況にはなりません。むしろ、現場以外のところでボトルネックが発生し、それほど急がなくてもよかったなんて場合も少なくありません。一度締め切りを決めたからといって、体を壊すまで働くのではなく、成果に直結する仕事を冷静に判断し、優先順位を決める態度が必要です。
短期的に締め切りを守るよりも長期的な信頼関係構築を優先する
英サウサンプトン大学が提供する契約管理の講座を受けている際に、欧米と日本で優先順位の違いを感じる点がありました。契約が締結する前は、サービス提供者を選ぶ立場にある顧客の方が決定権を持っているため交渉力が強いものの、契約締結後は複数の顧客から最も契約条件の良い案件を優先するため、サービス提供者の方が交渉力が強くなるというものです。そのため、契約交渉の際に、顧客が有利な条件を強制してしまうと、契約後に望んだサービスが受けられなくなることを示唆しています。
「お客様は神様」と考える日本では、サービス提供者が顧客を優先順位付けする習慣がそれほど強くないので、上記の考え方は衝撃的でした。膨大な業務に追われる宅配業者の労働環境について報道される様子を見ても、日本ではあらゆる仕事に最高の品質を提供しようと試みています。そして、無理を続けた結果、労働環境が悪化し、結果としてビジネスが継続できなくなってしまうのです。ビジネスが継続できなければ、長期的な信頼関係、取り引き関係の妨げとなり、顧客にとっても問題となります。
目の前のお客様に対して、サービスレベルを下げて臨むのは心苦しいと感じる場合もあるでしょう。しかし、長期的に見ると、企業や社会の生産性を上げて、働き方改革を進めていくには、少ない時間で最大の成果を上げる優先順位付けが欠かせないのです。優先順位を付け、さらに成果を高められるかどうかが、頭の使いどころなのだと言えるでしょう。