筆者は欧州で就職し20か国以上の同僚と仕事をしています。一人一人は違っていても、同じ文化圏から人たちをまとめてみると、やはり共通する特徴を感じます。仕事においては特に、コミュニケーションの方法や仕事の進め方が異なり、お互いがよかれと思ってやっていても、思い通りにいかないケースもよく見られました。
日本人同士で働いていても分かり合えない人はいると思いますが、外国にいると、やはり日本では想像できないような個性と出会います。逆に、自分自身が他の人にとって相当変わっていると思われているのだろうなと感じる場合もあるものです。日本人が持つ、空気を読む、チーム志向といった特徴は、良くも悪くも異なる点でした。
異文化理解に関する本は日本にいるときから好きで目を通していましたが、海外で働いてからは、なおさら面白く感じています。以下では、異文化理解に関する重要な本を紹介します。
異文化理解力 ― 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養
筆者のエリン・メイヤーは国際的に有名なビジネススクールINSEADの教授で、異文化理解のフレームワークであるカルチャーマップは、ハーバードビジネスレビューに掲載されました。本書の中心となるカルチャーマップは、ビジネスの文脈で8つの項目から文化を表現し、相対的な比較を行うものです。コミュニケーション、評価、説得、リード、決断、信頼、見解の相違、スケジューリングの8つです。自分の文化を意識するのは難しいので、その違いを意識し、いらぬ衝突を回避するよう示唆されています。
「日本-ドイツ」を比べたときに、時間に正確な点から似ていると評される例を聞いたことがありますが、何でも明文化してコミュニケーションするドイツ人の態度は驚かされます。「日本-スペイン」に比べて、「日本-ドイツ」は近いかもしれませんが、「日本-韓国」に比べれば違う点ばかりです。「日本-スペイン」では感情的信頼が重要な点が似ているような気がしますが、時間におおらかなスペイン人の行動は日本人にとってカルチャーショックを招きます。
イギリス人はジョーク好きだなとか、自分の知り合いの行動パターンを思い出すと、考察が止まらなくなります。
多文化世界 — 違いを学び未来への道を探る
オランダの社会心理学者ホフステードがIBM所属時代に1968年から72か国の従業員に対して実施した社会心理学調査の結果を、一般向けにまとめた本であり、1991年の初版から2010年の第3版まで加筆されてきたものです。
IBMでの調査では、権力格差指標、個人主義指標、男性らしさ指標、不確実性回避指標が評価され、その後、長期志向指標、放縦一抑制指標が追加されました。国ごとに評価がなされ、多面的にその文化を分析しています。
この本のタイトルで「多文化」と訳されている点が興味深い点です。70か国以上の人が調査に参加したグローバルな研究であるため、世界には様々な文化が存在していることを示唆しています。個人の視点では、他の国に行ったり、他の文化の人と触れ合ったりすると「異文化」を意識します。一方で、俯瞰的に見ると異なる文化と言うよりは、多くの文化が地球上に存在していると感じられます。
世界の広告クリエイティブを読み解く
広告やマーケティングの視点から文化の違いを論じる一冊です。ある文化で良いとされる広告表現が、別の文化では悪いというケースは多々あり得ます。目に触れるクリエイティブ表現は氷山の一角であり、その水面下には「文化的価値観」とでも言うべきものが存在しているのでしょう。本書は、広告の実例を引用しながら、前述したホフステード氏の理論を適用し、文化の違いをあぶりだしているのが特徴です。著者の一人は、文化の違いをビジネスに応用するコンサルティングサービスを提供するホフステード・インサイツ・ジャパン株式会社の経営に携わっています。
木を見る西洋人 森を見る東洋人 – 思考の違いはいかにして生まれるか
2004年に出版された書籍ですが、東洋と西洋で認知の仕方が異なる点を研究したものです。心理実験の結果が豊富に掲載され、同じものを見ていても、それを知覚するプロセスは異なるという面白いエピソードが続きます。日本語訳タイトルにある通り、物体を中心に認識する西洋人と、全体から把握する東洋人というコントラストが理解できます。古代ギリシャや古代中国から引用するなど、普遍的な議論が特徴です。東洋・西洋という「くくり」が大雑把に思えるかもしれませんが、無意識の認知という本質的なところに焦点を当てている点を理解する必要があります。
私の体験では、日常生活ではあまり気にならなくても、企業において深い議論をしていると、認知の違いを感じる場合もありました。西洋の人は個別の事象に焦点を当てて、一つずつ問題を特定し、解決策を探る傾向を感じています。自分の場合、全体像や文脈を明確にしたいと思うため、なぜそれほどまで個別に議論するのか、違和感を抱くケースが多かったものです。
砂の文明 石の文明 泥の文明
2001年のアメリカ同時多発テロ事件、及び、それに続くアフガニスタン・イラク戦争をきっかけに書かれた比較文明論です。そのタイトルが印象的ですが、外界へ進出する欧米を「石の文明」、ネットワークを構成し交易するイスラム圏の「砂の文明」、そして、同じ場所にとどまり創意工夫を続けるアジアの「泥の文明」を表しています。
出版から10年以上経過し、経済のグローバル化が進んだ今でも、「砂・石・泥」に例えるアイデアは秀逸だと思います。当時の社会情勢や雰囲気を反映しているので、その頃の国際状況を理解するにも役立ちます。
菊と刀
日本文化を解説した初めての本とも言われ、米国の文化人類学者ルース・ベネディクトの著作です。1946年の出版で、いくつかの訳本が知られています。日本文化と西洋文化を対比した議論が有名で、「恥の文化」「罪の文化」と解説されました。西洋では、個々人が内面的な罪の自覚に基づいて行動を律しています。一方で、日本は他社の非難や嘲笑を恐れて自らの行動を律しているという指摘です。
現在の日本でも、空気を読む、同調圧力といった言葉が生まれているのは「恥の文化」と共通するところなのかもしれません。欧米の人と話していると、ルールを守るよりも自分の意見を主張するのを良しとしており、それが教育にも反映されているように感じました。他者よりも自分という個人主義が「罪の文化」に現れているのかもしれません。
1946年出版というタイミングを考えると、米国の学者が日本文化を研究していたのは驚くべき事だと思います。インターネットもない時代に、戦時中に敵国について知るのは簡単ではありません。過剰に批判したり、差別的に見たりするのも避けられない状況で、冷静な分析を行っています。
サードカルチャーキッズ 国際移動する子どもたち
サードカルチャーキッズは、両親の国を第一文化、現在生活している国を第二文化としたときに、この二つの文化のはざまで生きる子どもたちを指します。グローバルで活躍できる素地を備えるメリットもある一方、どこにも所属感が得られないような心理的な課題も抱える傾向があると指摘されます。
私自身、日本から海外への移住を通して、どちらの文化にも馴染めない感覚を得るようになりました。また、海外で子育てする友人を見ていると、どのような文化圏で言語を学び、教育を受けさせるかというのは大きな課題だと思われます。
まとめ
海外で働くと異なる文化で戸惑いを感じると同時に、それを知ることが楽しいと感じるものです。日本にいたら出会えなかったであろう「クセの強い」人と出会えるのは、海外就職のメリットです。また、自分自身も、他の文化から人からすれば、結構クセが強いのかもしれないとも思います。自分が属する文化を理解するには、外に出てみるのが近道です。
同じ言語を話してみても、異なる文化から来た人同士では、その意味が違ってくるような体験も多くありました。例えば、「来週までにできますか?」「はい、できます」といった会話があったとして、日本人は、おそらく8割方できる見込みがある場合しか「はい」とは言えないでしょう。異なる文化では、3割の確率でも「はい」と回答する人もいます。できないことを安請け合いする人はいい加減に見えるかもしれませんが、逆に考えると、日本人はなかなか「はい」と言えない抵抗勢力に見えるケースもあり得ます。英語が話せるようになって、同じ言葉を使えていても、その背後にある価値観は異なるという実例だったと言えます。
「文化の違いを意識するべき」という考え方もあれば「文化よりも個人の違いの方が重要だ」と思う人もいるかもしれません。そのどちらにも理解できる部分があり、白か黒か決めるべきものではありません。例えば、個人主義や階層主義、時間の感覚、フィードバックの仕方といった場面では、文化の違いが出やすいかもしれません。また、初対面の人や、仕事で数回しか会わない人の場合は、文化の違いを意識した方がいいでしょう。長く同じ時間を過ごせる友人や同僚では、個人の違いの方が重要になってきます。