プロダクトマネジメントの分野では様々なフレームワークが提唱されています。技術や市場にまたがる複雑な事象を簡単に理解できるよう整理し、関係者と共通理解を得るために、製品企画や優先付けに関する手法が生まれてきました。限られた時間や人員の中で、成功の確度を高めるように戦略的な意思決定を行うのがプロダクトマネジメントの肝です。
近年のプロダクトマネジメントは、反復的な検証によって、どの製品機能が有効かを明らかにする「リーン」手法が一般的です。全ての機能を一度に全て実装するのではなく、顧客から見た価値や、開発の容易さといった複数の視点から評価を行っていきます。
フレームワークを学ぶのはプロダクトマネジメントにおいて重要ですが、それらの手法を適切に運用するには、プロダクトマネージャーの力量が問われるところです。そのときの開発状況や業界構造、商品の特性などを考慮し、最適なフレームワークを選択する必要があります。また、評価は往々にして主観的なので、意味のある知見を得るには、よく考えてフレームワークを適用しなければなりません。
狩野モデル
狩野モデルは1980年代に東京理科大学の狩野紀昭教授によって提唱された品質管理に関するフレームワークですが、海外のプロダクトマネジメント分野でも、Kano modelとして一般的に取り上げられるようになりました。製品やサービスに求められる品質について、横軸に製品やサービスの充実度、縦軸に顧客満足度をとり、その要素の特徴を分析します。
「魅力的品質」は、充足すれば満足度を高めるが、不充足でも不満を感じないものです。プレミアム機能が該当し、差別化要因となりえます。
「当たり前品質」は、充足されて当然、不充足では不満を意味します。電話であれば通話ができる、自動車であれば安全に走るといった、基本的なニーズの充足です。コストを抑えながら、必ず充足するようにしなければなりません。
「一元的品質」は、充足されると満足、不充足だと不満といった、性能と評価が比例する機能です。また、充足されても、されなくても満足度に影響しない「無関心品質」、充足されると不満を引き起こし、不充足であれば満足させる「逆品質」もあります。
狩野モデルの分析は、製品開発の方向性を明確にしてくれます。どんなに「魅力的品質」があっても「当たり前品質」が欠けていれば使い物になりません。また、「一元的品質」で過剰に機能を作りこんでも「魅力的品質」による差別化にはかなわないものです。
品質に対する認識は時間をかけて変わる場合があります。以前は魅力的品質と思われたものが、製品の成熟とともに、一元的品質や当たり前品質になってしまいます。たとえば、携帯電話にはじめてカメラが付いたときは魅力的に思えたものが、画素数などの開発競争に至るころには一元的品質になり、今やカメラのついたスマートフォンは当たり前です。
オポチュニティ・スコアリング
新規製品には真新しさが重要ですが、ただ奇をてらったものを作っても意味はなく、何らかのユーザーのニーズを満たす必要があります。特に、既存の解決策では、ユーザーが満足していない分野に、新しいソリューションが提供できれば、大きなビジネスチャンスにつながります。
オポチュニティ・スコアリングは「機会の評価」を意味します。顧客にとって、その機能がどのくらい重要かを横軸、そして、顧客が既存の解決策にどのくらい満足しているかを縦軸にとって、評価を行います。
重要性に対して満足度が著しく低い場合、「Underserved(十分なサービスが提供されていない)」という評価になり、ビジネスチャンスが見いだせます。逆に、重要性に対して満足度が高すぎる場合、「Overserved(供給が過剰)」であり、競合企業との激しい競争が待っています。
既存の解決策を改善するイノベーションの評価に適したフレームワークですが、市場調査のデータを収集するのが簡単ではなく、評価が難しいというデメリットも指摘されています。
2×2 マトリックス(リーン・プライオリタイゼーション)
プロダクト開発は限られた時間・人員・コストで、製品の有効性を検証していかなければならないので、どの機能から開発していくのかを優先順位づけしていく必要があります。製品機能を実装する優先順位を明らかにするために、最も簡単な手法の一つが、2軸で各機能を評価し、4つの象限に分類する方法です。
リーン・プライオリタイゼーションでは、機能の価値と、実装に要する労力の2軸を使います。ここでの価値とは、後述のAARRRモデルで表されるように、ユーザーが製品を使う頻度を上げるような効果を指します。
- 価値も労力も高い:中長期的な成長を狙うため、戦略的に計画する
- 価値は高く、労力は少ない:すぐに効果が得られやすいので、先に取り組む
- 価値は低く、労力が大きい:時間の浪費になりがちなので、優先順位を下げる
- 価値も労力も低い:状況によっては、取り組んでもよい
2軸で分類するのは、シンプルながら応用が効く便利なフレームワークです。価値と労力だけではなく、「価値とリスク」「価値とコスト」「重要性と緊急性」など、様々な組み合わせが使われています。
ICEスコア
ICEスコアは優先順位を決めるのに有効なフレームワークです。ICEはそれぞれImpact(インパクト、影響度)、Confidence(確からしさ)、Ease(容易さ)の頭文字をとっています。各項目を1~10の相対的な値で評価し、3つの要素を掛け合わせた値をICEスコアとします。より大きな値をつけた機能は、優先して実装するべきものと判断可能です。ICEにReach(リーチ、影響範囲)を加えたRICEスコアも提唱されています。
Impactは、製品の成功度合いをあらわす指標、つまりKPIをどれほど改善するかを評価するものです。アクティブユーザー数を増やす、離脱率を減少させるといった効果によって、最終的に売り上げの増加に貢献します。
Confidenceは、上記Impactの評価が、どれほど確からしいかを評価します。プロトタイプを作ってユーザーから好意的なフィードバックを受けていれば高い値を受けますし、担当者のアイデアレベルであれば値は低くなります。ユーザーインタビューや市場調査といったConfidenceを高める取り組みを通して、反復的に製品や市場への理解を深め、成功への確度を高めます。
Easeは、機能を実装するのに要する難易度に対する指標です。開発やテストに要する時間やコストが少ないものほど、優先して検証を行うべきです。
ICEスコアの弱点として、主観的な評価である点が指摘されています。人によってそのスコアは異なるし、たとえ同じ人でも一貫性のある評価は難しいものです。ICEスコアは、完璧な定量化を目指すものではなく、優先順位を俯瞰するのに使うとよいでしょう。ICEの各要素を検証する取り組み自体が「リーン」な製品開発を促進します。
MoSCoWメソッド
MoSCoWメソッドは、優先順位付けを行うために要件分析で一般的に用いられる方法です。
- Must-have:必須。それ無しではいられない欠かせない機能
- Should-have:推奨。大きな価値を生む重要なもの
- Could-have:可能。あってもよい要件で、実施しなくても小さな影響にとどまる
- Won’t-have:先送り。現時点では優先して実施しないもの
開発者とのコミュニケーションに有効なメソッドで、チーム内での優先順位に関する合意を得るための使われます。例えば、次の製品リリースまでにどの機能を含めるかを決める際に、Mustの機能が実現できなければリリースを遅らせる、といった意思決定が可能になります。
どのように各指標を定義するかはチームごとによく吟味しなければ、MoSCoWメソッドはうまく運用できません。たとえば、機能を要求するビジネスチームは、何でもMustにしたがるかもしれませんが、限られた時間内で全てを必須にすることはできません。また、先送りばかりしていると、実装していない機能が山積みになり、管理不能になるケースもあります。
AARRR
グロースハックをはじめとするビジネス側で有名なフレームワークですが、製品のビジネス的な成功に責任を持つプロダクトマネージャーにとっても有効な手法です。5つのフェーズから構成され、以下に示す頭文字をとってAARRRと呼ばれます。
- Acquisition:獲得
- Activation:使用開始
- Retention:継続利用
- Referral:紹介
- Revenue;収益
AARRRフレームワークでは、各フェーズに重要な指標(KPI)を定義して、製品の成功度合いを評価します。1000人のユーザーを獲得したうち、100人が利用を開始し、10人が継続利用している、といった定量評価を行い、その指標を改善するような施策を実施します。
ジョブ理論
「イノベーションのジレンマ」で知られるハーバード大学クリステンセン教授の論文で有名になったジョブ理論。顧客が成し遂げたい目的を「ジョブ(仕事)」として定義し、その目的を達成するために商品を「雇用」するという考え方に基づき、商品企画を行うフレームワークです。
「ドリルではなく穴を売れ」と言われるように、人は商品ではなく、成果を求めているもので、それを達成するためには、様々なオプションがあるものです。ユーザー目線でソリューションを分析するため、製品のあるべき姿を企画できます。ジョブ理論は、社会的な目線や感情的な側面にも注目しているのが特徴です。また、「買わない」という選択肢も含めて考えることで、ユーザーの購買判断を正確に評価します。
顧客目線が重要とはよく言われますが、顧客自身が本当に欲しいものを理解していない場合も多々あります。自動車の開発を行っていたヘンリー・フォードは、「もし人々に何がほしいかと聞いていたら、もっと速い馬が欲しいと答えていただろう」と述べました。ジョブ理論は、このような全く新しい製品カテゴリの開発を行う場合に適しています。現在行っている「仕事」をいかに解決するかを考え、新たなソリューションの創造を目指します。
まとめ
プロダクトマネジメントには様々なフレームワークが提案されています。日本では親しみがないものもあり、日本語にして理解するのが難しいケースもあるかもしれません。このようなフレームワークは頭で理解しているだけでは意味がなく、実践して初めて意味があるものです。プロダクトマネージャーを目指す人は、副業で作成する商品にフレームワークを適用して企画したり、世間で知られている商品をフレームワークで分析したりして、その実践経験を積んでいくと良いでしょう。
プロダクトマネジメント入門講座:作るなら最初から世界を目指せ!シリコンバレー流Product Management
テクノロジーの聖地シリコンバレーからPMの仕事や魅力とキャリアの可能性を、在住13年以上、現在米系スタートアップで働く現役Principal Product Managerが具体的事例をもとに紐解きます。
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