ピカソのキュビズムは、異なる視点から見た事物を平面に再構成する技術
ビジネスの世界では「物事を違った角度から見てみよう」なんて言われます。違う角度から見ると、同じ物事でも異なる見解が生まれ、新たな解決策が現れる場合があります。アートの世界では、文字通り、違う角度から見ると、事物が異なるものに見える作品があります。パリに展示されたこの作品は、ある角度から見ると二匹のキリンが交差するように並んでいるのに対し、それを横から見ると、象のように見えるのです。
ソーシャルメディアでこの作品を見たときに、まず、思い出したのがピカソです。ピカソの作品は、前から見た顔と横から見た顔を同じ平面上に同時に描いてしまうところに特徴があります。1937年に描かれた「泣く女」はキュビズムの代表的な作品であり、よく見ると、違う角度から見えた表情が組み合わされているのが分かります。その他のキュビズム作品に比べ、色どりも変わっているので、分かりやすい例だと思います。
落合陽一氏のLeaked Light Fieldによって視野角ごとに異なる表示ができるディスプレイが作れる
画家であるピカソは平面に描くのが当然だったかもしれません。では、三次元にこの概念を拡張したらどうでしょう?「現代の魔法使い」落合陽一氏にかかると、三次元でも「違う角度から見ると事物が異なって見える」現象を起こしてしまえるのです。
Leaked Light Fieldは同じ物質でも見る角度によって、鏡になったり、標識になったりします。時計のデザインに応用すると、ある角度から見ると日本時間、別の角度から見るとアメリカの時間といった設計が可能になります。動画で見ると、その面白さを十分に理解できると思います。
この技術の優れている点は、光を通さない材質であれば応用可能だという点です。革素材、木目、石目、鏡といった素材を選ばず、ディスプレイを作り出せる仕組みになっています。そのため、建築や家具への応用が容易になります。
「100μm程度の微小な穴加工を施し、光線の漏出をコンピュータを用いて計算することで、視野角ごとに違う情報を出すことや立体表示を可能にする」というのがLeaked Light Fieldの原理だそうです。(出典:Leaked Light Field. Digital Nature Group (University of Tsukuba,Yoichi Ochiai Laboratory)
ピカソの目は、現代でコンピュータとなり、自然物は現実を超越した形で再構成される
絵画の世界では自然をどう表現するかを追求してきました。ルネサンス以前の絵画は、心象風景が構図となり、画家の心の中で大きな存在を占めている事物が描画対象の大きさに反映されました。ルネサンス期は「網膜に映るリアルな像に迫る」、レンブラントの写実主義や遠近法の発明といったテーマが知られています。そして、ルネサンス以降の印象派は「網膜に映る像と頭の中での構図は異なる」アプローチをとります。描画対象を分析した上で、一部を故意に欠落させたり、強調させたりする技術が開発されました。(参考:【BOOKS】『見る脳・描く脳』:ピカソの絵は視覚の背側経路を切断した絵)
さらに、現実を越えたピカソは、異なる場所・タイミングで網膜に映った情報を一つのキャンバスに収めてしまったのです。自然界を超越し、再構成した一つの絵画が、強烈なストーリーを描き出すのだと思います。
落合陽一氏は「コンピューターで一度処理することで、自然界に存在しない不思議な動きをするものがあってもいいし、見る角度によって違う形状に見える物体があってもいい。」と語っています。(出典:“魔法使い”落合陽一「仕事」を語る(中編))
私はピカソの目がコンピュータに変わったのかと思いました。ピカソ、あるいは落合陽一氏のような芸術家にかかれば、自然界に存在する事物も、それを超越した存在へと生まれ変わるのでしょう。今、平面の絵から、3次元の物体へ変わる時代の移り変わりを目の当たりにできるのかもしれません。